案件の調整で合意が形に残らない理由と、確かめる項目を解説
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)

📘 この記事でわかること
- 明示義務がフリーランス同士の取引にも及ぶことと、明示される事項が合意の最小単位になること
- 要件定義と設計がいまも文書を中心に進むことと、決める人を置いていない現場が約半数に上ること
- 取引条件の明示不備が実際に多く見つかっている位置と、契約前に確かめておきたい項目
案件を進める中で、いつ検査が終わるのか、報酬をいつ受け取れるのかが、口頭のやり取りのまま残ることがあります。取り決めた内容が、後から確かめられる形になっていなければ、双方にとって不安の種になります。取引条件の明示義務は、フリーランス同士の取引にも及びます1。この記事では、明示される事項の範囲と、決める人の所在がずれる場面を整理し、案件に入る前に確かめておきたい項目をまとめます。
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1. 明示は受ける側どうしの取引にも及ぶ
発注する側だけの話ではない
案件の調整で「明示」という言葉が出てくると、発注する企業からフリーランスへ仕事を渡す場面だけの話だと考えてしまう場面が見られます。契約を交わす相手が事業者であることが前提になっているためです。案件を探し始めたばかりの時期には、この思い込みに気づく機会も多くありません。
実際に定められている範囲は、発注企業とフリーランスの間だけにとどまりません。取引条件の明示義務は、フリーランス同士の取引にも及びます1。案件の一部をほかのフリーランスに渡す場面も、対象に含まれます。
つまり、発注する側と受ける側という単純な二者関係だけでこの制度を捉えると、実際に守られるべき取引の一部を取りこぼすことになります。誰から誰へ渡すかではなく、何を渡すかで範囲が決まります。
受ける側どうしのやり取りでも同じ扱いになる
エンジニア同士で案件の一部を分担する進め方は、リモートで案件を受ける場面では珍しくありません。得意分野が違う相手と組んで、担当する範囲を分ける形です。
このとき、条件を渡す側に回った瞬間から、明示する義務を負う立場に変わります。渡される側だった経験しかないと、この切り替わりに気づきにくくなります。渡す内容よりも、渡す義務があるという前提のほうが見落とされやすい部分です。
案件を重ねるほど、一部をほかのフリーランスへ渡す機会は増えていきます。自分が渡す側に回ったときの取り決めも、受ける側だったときと同じ基準で確かめておく方が、後々の行き違いを防げます。
出典:IPA「2024年度ソフトウェア動向調査 簡易分析レポート」をもとに作成4
2. 明示される事項が合意の最小単位になる
検査完了の期日と、報酬の額・支払期日
取り決めの範囲がどこまで及ぶかが分かっても、何を明示すればよいのかが曖昧なままでは、案件の調整は同じところでつまずきます。明示される事項には、具体的な中身が定められています。
給付の内容について検査する場合は、検査を完了する期日が明示される事項に含まれます2。あわせて、報酬の額および支払期日も明示される事項です2。
この2つが、合意の最小単位です。金額だけを口頭で伝え合っていても、検査を終える期日や支払われる期日が曖昧なままでは、明示されたことにはなりません。
最小単位を満たすかどうかで、確かめ方が変わる
案件の内容や難しさを協議することに時間を使う一方で、この最小単位の2点は後回しにされやすい部分です。技術的な話し合いのほうが得意な相手ほど、この傾向が強く出ます。
検討する順番よりも、確かめる項目の有無のほうが重要です。案件情報や契約のやり取りの中に、検査を完了する期日と、報酬の額・支払期日の両方が具体的な言葉で残っているかを見る視点に切り替えます。
この2つが文字として残っていれば、後から見返すことができます。逆に、この2つが欠けたまま進んだ案件は、合意そのものが形に残らない状態のまま稼働が始まることになります。
検査完了期日と報酬の条件を並べて確認する
明示される事項の最小単位を、実際の案件でどう確認すればよいかを整理します。検査を完了する期日と、報酬の額・支払期日は、それぞれ別の場面で聞き取ってしまうと、後から突き合わせるのが難しくなります。
案件情報や契約のやり取りを見るときに、次の3つの視点で確認すると、抜け漏れに気づきやすくなります。事項ごとに、何が明示され、何を確認すればよいかを並べました。
| 事項 | 明示される中身 | 確認する視点 |
|---|---|---|
| 検査完了期日 | 給付の内容について検査する場合の、検査を完了する期日2 | 検査を完了する期日が、具体的な日付で示されているかを確認します |
| 報酬の額・支払期日 | 報酬の額および支払期日2 | 金額と支払う日が、具体的な言葉で残っているかを確認します |
| 取引条件の明示 | 上記2つの事項を含む、取引条件の明示1 | 口頭だけでなく、書面やメールなど後から見返せる形で残っているかを確認します |
出典:公正取引委員会「フリーランス・事業者間取引適正化等法」パンフレット(2026年7月)をもとに作成2
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3. 文書で決める前提はいまも変わっていない
要件定義と設計は、いまもドキュメントが中心
明示される事項が最小単位だと分かっても、それを支える現場の進め方が変わっていなければ、取り決めは実務の中で埋もれてしまいます。開発の現場がどう動いているかを見ておく必要があります。
要件定義と設計は、いまもドキュメントを中心に行われています3。口頭での合意や、チャットでのやり取りだけで進む場面は、想像するよりも少ない状態です。
文書を中心に進める前提が変わっていないということは、明示された事項も文書として残せる余地があるということです。案件に入る段階で、この前提に乗れるかどうかを確かめる意味があります。
前提があることと、実行されることは別
文書を中心に進める前提があることと、実際に明示する事項が文書に残されることは、別の話です。前提があるからといって、報酬の額や支払期日までが自動的に書面化されるとは限りません。
要件定義書や設計書が整っている案件ほど、契約条件についても書面で残す姿勢が強い傾向にあります。ドキュメントを軽視しない現場かどうかは、契約条件の扱われ方を映す手がかりになります。
案件の技術的な内容を確認するのと同じ姿勢で、契約条件が文書として残る進め方かどうかも確かめておきます。技術文書の質よりも、契約条件が同じ扱いを受けているかを見る視点のほうが役立ちます。
4. 決める人が置かれていない現場がある
意思決定を担う責任者がいない現場が、約半数に上る
文書を中心に進める前提があっても、その文書を最終的に承認し、決める人が現場にいなければ、取り決めは宙に浮いたままになります。決める人の所在は、合意が形に残るかどうかを左右する要素です。
CxOクラスの責任者を設置していない企業が、約半数に上ります4。つまり、決める人が明確に置かれていない現場に当たる確率は、半分近くあるということです。
決める人がいない現場では、条件の変更や確認のやり取りが、誰に向けて送ればよいのか分からないまま止まることがあります。技術力よりも、この所在のわかりにくさのほうが、合意を遠ざける原因になりやすい部分です。
決める人の所在を、早い段階で確かめる
決める人がいる現場よりも、決める人が誰かを早く確かめられる現場のほうが、実際には進めやすくなります。肩書きの有無そのものより、連絡先が具体的に分かることのほうが重要です。
打診の段階で、検査を完了する期日や報酬の支払期日について、誰が最終的に確認するのかを尋ねておきます。答えが曖昧なまま進んだ案件は、後になって同じ質問を繰り返す羽目になります。
決める人の所在がはっきりしている案件は、明示される事項も具体的な言葉で残りやすくなります。逆に、所在が曖昧な現場では、最小単位の2点さえ、確認の途中で立ち消えることがあります。
5. 契約の手間そのものが課題に挙がっている
取引ごとの手間や工数が、課題として挙げられている
決める人の所在が分かったとしても、契約そのものの手続きに手間がかかる現場では、確認のやり取りが後回しにされがちです。契約の手間は、決める人の問題とは別に扱う必要があります。
システム開発の契約では、取引ごとに手間や工数がかかる点を課題に挙げる企業が多く見られます5。案件ごとに条件を一から組み直す負担が、明示そのものを後回しにする要因になっています。
契約の手間を負担に感じている現場ほど、検査完了の期日や支払期日といった細部を、次の機会にまとめて確認しようとする傾向があります。次の機会が来ないまま稼働が進むことも少なくありません。
モデル契約そのものを知らない現場もある
契約の手間を減らす仕組みとして、あらかじめ用意されたモデル契約を使う方法がありますが、モデル契約そのものを知らないとする企業も多く見られます6。
案件を受ける側が契約の型を提案できれば、手間を理由に明示が後回しになる場面を減らせます。参照できる契約の型があるかどうかを、打診の段階で尋ねてみる価値があります。
契約の手間を理由に条件があいまいなまま進むよりも、型を先に共有したうえで細部を整えるほうが、双方にとって近道です。手間を惜しんだ結果、後から同じやり取りを繰り返すほうが、実際には時間を使います。
現場の状態と、確かめておきたい対応を並べる
決める人の所在や契約の手間は、それぞれ別の課題として語られることが多いものですが、案件を受ける側から見ると、確認する動きは共通しています。
次の一覧は、現場に見られる状態と、そこから見えている課題、そして案件に入る前に確かめておきたい対応の方向を並べたものです。
| 現場に見られる状態 | 見えている課題 | 確かめておきたい対応 |
|---|---|---|
| 意思決定を担う責任者を置いていない企業が約半数に上ります4 | 決める人が定まらず、確認が滞りやすくなります | 案件に入る前に、誰が最終的に確認するのかを尋ねておきます |
| 取引ごとに手間や工数がかかる点を課題に挙げる企業が多く見られます5 | 契約のたびに手続きの負担が生じます | 想定される確認の往復を、早い段階で共有しておきます |
| モデル契約そのものを知らないとする企業も多く見られます6 | 参照する契約の型が定まっていません | どの契約の型を使うかを、開始前に確認します |
6. 稼働の後まで含めて計画される
本番稼働の後も、改善を続ける前提で計画する
契約や決める人の話は、案件が始まる前の段階に集中しがちです。しかし、明示された条件が生きてくるのは、稼働が始まった後のほうが長く続きます。
運用フェーズも含めて日々改善していくことを前提に、予算、体制、スケジュール等を計画する必要があります7。稼働開始をゴールに置く計画では、この前提を満たせません。
検査を完了する期日や支払期日が、稼働開始の時点だけでなく、その後の改善の節目でも明示されているかを確かめる視点が要ります。最初の合意だけを見て安心するのは早いということです。
定量的な計測とダッシュボードで、状況を可視化する
稼働後の状況をどう確かめるかについても、目安が示されています。定量的な計測とダッシュボードによる状況の可視化が挙げられています8。
感覚的な報告よりも、数値と画面で状況を共有できる体制のほうが、明示された条件が守られているかを確かめやすくなります。報告の頻度よりも、確かめる手段が用意されているかのほうが重要です。
稼働後の可視化まで話に出てくる案件は、合意した条件を継続して確かめる意思がある現場だと考えられます。稼働前の説明の丁寧さだけでなく、稼働後の確かめ方まで尋ねておくと、判断の材料が増えます。
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7. 実際に多い不備と、確かめる項目
取引条件の明示義務違反は、1,126件
ここまで見てきた最小単位や、決める人の所在、契約の手間は、実際にどれくらい守られているのでしょうか。運用の状況を確かめた資料が公表されています。
取引条件の明示義務違反は1,126件(41.3%)です9。母数の中でも目立つ規模で、明示は多くの現場で完全には守られていないことが分かります。
取引条件の明示義務違反には、取引条件の不明示のほか、一部の事項の明示不備も含まれます10。つまり「全く示していない」だけでなく、「一部が抜けている」も同じ枠に入ります。
| 分類 | 内容 |
|---|---|
| 明示義務違反の規模 | 1,126件(41.3%)9 |
| 取引条件の不明示 | 取引条件そのものを示していないケース10 |
| 一部の事項の明示不備 | 検査完了期日や報酬の額など、一部の事項だけが欠けているケース10 |
出典:公正取引委員会「令和7年度におけるフリーランス・事業者間取引適正化等法第2章の運用状況」(2026年6月)をもとに作成9。不明示と明示不備の区分も同資料によります10。
案件に入る前に確かめておきたい項目
一部の事項の明示不備が含まれるということは、案件情報や契約のやり取りの一部だけを見て安心してはいけないということです。検査完了の期日、報酬の額、支払期日のうち、どれか一つでも欠けていないかを、個別に確かめます。
あわせて、決める人の連絡先、契約の型の有無、稼働後の計測方法についても、打診の段階で尋ねておきます。技術的な相談よりも先に、この確認を済ませておくほうが、後の行き違いを防げます。
図の作成:Remogu編集部。本文で触れた出典の内容を、確認の観点として整理したもので、統計データではありません。
明示される事項が口頭で伝えられただけの場合、どう考えればよいですか
口頭で伝えられただけでは、後から見返すことができません。検査を完了する期日と、報酬の額・支払期日の2点は2、案件情報や契約のやり取りの中に文字として残っているかを確認します。残っていなければ、その場で文字にすることを相手に依頼します。
決める人がいるかどうかは、どこで確かめられますか
打診の段階で、条件の最終確認を誰が行うのかを尋ねます。CxOクラスの責任者を置いていない企業が約半数に上るため4、担当者の名前だけでなく、変更や確認の連絡先まで具体的に聞いておくと、後の行き違いを防げます。
稼働後に条件が変わることはありますか
運用フェーズも含めて改善を続ける前提で計画されるため7、稼働後に確認事項が増えることは想定の範囲です。定量的な計測とダッシュボードで状況を可視化する体制があるかを8、稼働前に尋ねておくと、変化があったときも対応しやすくなります。
案件によって明示のされ方に差があるのはなぜですか
契約ごとに手間や工数がかかる点を課題に挙げる企業が多く見られます5。モデル契約を知らないとする企業もあります6。この2つが重なる案件ほど、明示の丁寧さに差が出やすくなります。参照する契約の型を早い段階で共有できる相手ほど、明示も具体的になりやすい傾向です。
明示される事項がそろっているか、決める人の連絡先が分かるか。案件に入る前に確かめる項目は、多くありません。むしろ少ない項目を、毎回同じように確かめる習慣のほうが、合意を形に残します。
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出典・参考情報
*1 公正取引委員会「フリーランス・事業者間取引適正化等法」パンフレット(2026年7月・2026年9月確認)
*2 公正取引委員会「フリーランス・事業者間取引適正化等法」パンフレット(2026年7月・2026年9月確認)
*3 IPA「2024年度ソフトウェア動向調査 簡易分析レポート」引き継ぎの材料(2025年4月・2026年9月確認)
*4 IPA「2024年度ソフトウェア動向調査 簡易分析レポート」決める人(2025年4月・2026年9月確認)
*5 IPA「2024年度ソフトウェア動向調査 簡易分析レポート」契約の負担(2025年4月・2026年9月確認)
*6 IPA「2024年度ソフトウェア動向調査 簡易分析レポート」相手の前提(2025年4月・2026年9月確認)
*7 デジタル庁「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」計画の作り方(2026年・2026年9月確認)
*8 デジタル庁「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」見えるようにする(2026年・2026年9月確認)
*9 公正取引委員会「令和7年度におけるフリーランス・事業者間取引適正化等法第2章の運用状況」2番目に多い違反(2026年6月・2026年9月確認)
*10 公正取引委員会「令和7年度におけるフリーランス・事業者間取引適正化等法第2章の運用状況」不備も含む(2026年6月・2026年9月確認)