【予防接種記録】デジタル化で延びる保存期間と紙の扱い|案件で問われる設計の進め方
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)

📘 この記事でわかること
- 記録と請求・支払が同じシステムに載ることと、保存期間が5年から延びる方向にあること
- 紙の予診票とシステムへの入力が併存してきた移行前の姿と、そこに残っていた確認や入力の手間
- 記録が匿名化されて別の基盤と連結される前提と、その扱いを移行の設計に組み込む考え方
業務システムの移行案件では、紙とデータが同居する期間をどう設計するかが、毎回の共通課題になります。予防接種の記録も同じ構造を抱えており、紙の予診票と自治体システムへの入力が、これまで並んで存在してきました。厚生労働省の検討資料は、記録を請求・支払と同じシステムに載せ、保存期間を現行の5年間から延ばす方向を示しています。ここには、外から開発・移行に関わるエンジニアが押さえておきたい設計の勘所が、いくつも集まっています。
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1. 予防接種の事務のデジタル化とは何が変わることなのか
法律の中にすでに書き込まれている
予防接種の事務がデジタル化に向かうのは、思いつきの改善案ではありません。改正後の予防接種法には、各種の事務をデジタル化する事項が、すでに規定として書き込まれています1。案件の背景を尋ねられたとき、この起点を説明できるかどうかで、任せてもらえる範囲の広さが変わってきます。
思いつきの改善要望よりも、法律に根拠を持つ整備のほうが、途中で要件が覆りにくいという性質を持ちます。予算の裏付けも、進め方の順序も、この根拠の強さを前提に組み立てられています。移行や設計に関わる際は、まずこの土台の固さを踏まえて見積もりの幅を考えたい場面です。
とはいえ、法律が定めているのは大きな方向性にとどまります。実際にどこまでシステム化するのか、どんな機能を1つの器にまとめるのかは、この後の検討資料でさらに具体化されています1。次に見ていくのは、その具体像です。
記録と請求・支払が同じ器に載る
国が開発を進めているのは、予診の情報と接種の記録、そして請求・支払をまとめて扱うシステムです5。予診票の管理と会計処理が別々の担当・別々の画面で進んでいた状態から、記録と金銭の処理が同じ器に載る構成へと変わります。
記録の入力を担当する側と、請求の処理を担当する側とが、これまで別の考え方で仕事を分けてきた現場にとって、これは業務の切れ目そのものが動く出来事です。データの持ち方だけでなく、誰がどの段階で確認し、誰が何の権限で参照できるのかという設計を、あらためて組み直す必要が出てきます。
図1は、この2つの機能が1つのシステムに集約される構図を示しています。記録と請求という別の目的で動いていた情報が、同じ基盤の中でどう結び付くかを最初に押さえておくと、その後の設計判断が読みやすくなります。
出典:厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」(2025年11月)をもとに作成
2. 紙とシステムが併存していた——移行前の姿
紙の予診票が原本だった時代
これまでの記録の残し方として挙げられているのが、接種記録が記載された紙の予診票を保存する方法です2。原本が紙である以上、あとから確認したいときは、まず保管場所を探すところから始まります。
紙が原本であることは、裏を返せば、紛失や劣化のリスクをそのまま抱えるという意味でもあります。移行案件を担当する立場からすると、単に保存の場所が変わるだけでなく、原本の性質そのものが動く場面だと捉えておきたい変更です。
次に見るのは、この紙をどう補ってきたかという、もう一つの流れです。紙だけで完結していたわけではありませんでした。
システムへの入力は残っていた
紙の予診票の内容を自治体のシステムに入力し、データとして保存する方法も、あわせて挙げられています3。紙とデータを二重に管理することが、この時期の実務の姿でした。
入力という工程そのものは、この段階でも残ったままでした3。原本を頼りに人の手で入力する構造では、転記のたびに確認と修正の手間が発生します。紙の保管だけで済ませるよりも、入力という手間を引き受けるほうが、あとからの活用の幅は広がるという対比が、すでにこの時期からありました。
図2は、接種の実施から、紙での保管とシステムへの入力という2つの流れが並んで存在していた様子を示しています。次の章では、こうして記録を持つこと自体に、どんな意味があったのかを見ていきます。
出典:厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」(2025年11月)をもとに作成
紙の保存とシステム入力の違い
紙の保存とシステムへの入力は、同じ記録を残す作業でありながら、原本の置き場所や確認のしやすさ、そして入力という手間の有無で違いがあります。次の表は、この時期に併存していた2つの方法を、記録の残り方・確認のしやすさ・入力の手間という3つの観点で整理したものです。紙の保存は原本を手元に残す方法です2。システムへの入力は、そこにデータとしての残し方を加える方法でした3。
| 比較の観点 | 紙の予診票を保存する方法 | 自治体システムへ入力する方法 |
|---|---|---|
| 記録の残り方 | 紙そのものが原本になります2 | 入力した内容がデータとして残ります3 |
| 確認のしやすさ | 保管場所を探す手間が生じます | 画面上で参照できます |
| 入力の手間 | 転記の手間は生じません | 紙からの入力という手間が残ります3 |
3. 記録を持つ理由は事故の防止と履歴の確認
接種事故の防止という観点
記録を整備する意味を尋ねられたとき、まず挙げられるのが接種事故の防止という観点です9。誰が、いつ、何を受けたのかを追える状態にしておくことが、事故を防ぐための土台になります。
記録が無ければ、確認そのものが成り立ちません。記録を整えることそのものよりも、整えた記録をいつでも参照できる状態に保ち続けることのほうが、実務では重い意味を持ちます。作って終わりにできない性質を、最初から前提にしておきたい部分です。
この観点は、移行や設計に関わる際に見落としやすいところでもあります。記録を作ることをゴールに置くと、参照のしやすさという設計要件が、どうしても後回しになりがちです。
医療機関にとっての効率という観点
医療機関の立場から見ると、予診のときに接種の履歴を確認できる点が効率的だと挙げられています10。記録を読む相手が、記録を作る相手とは別にいるという構造が、ここにあります。
読み手が複数いるという前提は、設計にそのまま跳ね返ります。入力する側の使いやすさだけを整えれば足りるわけではなく、参照する側の探しやすさも同時に成立させる必要があります。どちらか一方に寄せた設計は、もう一方の現場で不満が出やすくなります。
事故の防止と、履歴の確認という2つの理由は、どちらも記録を作るその先にある目的です。この目的を押さえておくと、次章で扱う保存期間の変更が、なぜ設計に効いてくるのかが見えてきます。
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4. 保存期間が5年から延びる——設計に効く変更
現行の5年間という区切り
保存期間について、資料は現行の5年間から延ばす方向を示しています8。5年という区切りは、これまでの設計の前提そのものであり、廃棄のタイミングもデータ量の見積もりも、この数字を基準に組み立てられてきました。
5年で区切る設計と、5年より長い期間を前提にする設計とでは、廃棄のタイミングもデータの持ち方も変わります。区切りに合わせて作り込む設計よりも、長く持つことを前提にした設計のほうが、あとからの延長に強くなります。
ここで注意したいのは、具体的に何年になるかという数字までは、資料にまだ示されていない点です。延ばす方向にあるという事実だけを前提に、あとから伸びても崩れない余白を、設計の中に残しておく判断が求められます。
長期保存・管理という方向
この変更によって、自治体で記録を長く保存し、管理できるようになる方向が示されています6。単に保存期間の数字が変わるだけでなく、長期保存・管理という運用そのものが、前提として組み込まれます。
長期保存を前提にすると、保存領域の見積もりだけでなく、検索や参照の速度、そしてアクセス権限の設計も、5年で区切っていたときとは違う考え方が必要になります。古い記録ほど参照頻度が下がるとしても、いざ必要になったときに探し出せる構成にしておく必要があります。
図3は、現行の5年で区切る設計と、見直し後の長期保存・管理を前提にする設計の違いを示しています。次の章では、この長期保存と対になる、廃棄という側面を見ていきます。
出典:厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」(2025年11月)をもとに作成
保存期間の見直しが設計に与える違い
保存期間の見直しは、単に年数が変わるという以上に、設計の前提そのものに関わります。次の表は、現行の設計と見直し後の設計を、保存期間・長期保存管理・設計側の影響という3つの観点で整理したものです。現行の保存期間は5年間です8。見直し後は、長期保存・管理が可能になる方向が示されています6。
| 観点 | 現行の設計 | 見直し後の設計 |
|---|---|---|
| 保存期間 | 5年間で区切る前提です8 | 5年間から延びる方向です8 |
| 長期保存・管理 | 個々のシステムでの対応が前提でした | 長期保存・管理が可能になる方向です6 |
| 設計側の影響 | 区切りに合わせた設計で完結していました | 長く持つことを前提にした設計が問われます |
5. 管理と廃棄が自動化される範囲
自動化されるのは管理と廃棄
システムが構築されることで、記録の管理と廃棄が自動化される方向が示されています4。これまで人が判断し、人が実行していた廃棄の工程が、仕組みの中に組み込まれていきます。
自動化の対象は、管理と廃棄です4。入力や確認のすべてを自動化するという話ではありません。どこまでが自動化の範囲で、どこからが人の判断として残るのかを、最初に切り分けておきたい部分です。ここを曖昧なまま進めると、あとから責任の所在が見えなくなります。
廃棄が自動化されるということは、保存期限を迎えた記録を機械的に洗い出す仕組みが、あらかじめ必要になるということでもあります。前章で見た長期保存の方向と、この廃棄の自動化は、同じ設計の中で両立させたい対象です。
自動化の範囲を見極める視点
自動化の範囲を見極める視点として大事なのは、何を根拠に廃棄の判断が下されるのかを、明確にしておくことです。保存期限という条件だけで足りるのか、それとも別の条件が絡むのかは、案件ごとに確認しておきたい点です。
管理の自動化についても同じことがいえます。記録を長く保存する前提が加わる分、管理の自動化は単なる効率化にとどまらず、長期にわたって整合性を保ち続けるための仕組みとして設計する必要があります。定期的な点検の仕組みまで含めて考えたい範囲です。
管理と廃棄が自動化される範囲を丁寧に切り分けられるかどうかは、移行案件の設計力がそのまま問われる場面です。次の章では、記録がどのように匿名化され、別の基盤へとつながっていくのかを見ていきます。
6. 匿名で連結し、第三者に提供する前提
有効性・安全性の評価という使い道
蓄積された記録は、ワクチンの有効性・安全性の評価のためにも有用だと示されています11。ここで扱われているのは、個人を特定しない形での活用です。
評価のために使うことと、個人を特定できる状態で保持し続けることは、別の話です。評価という目的に沿って使うことよりも、匿名化された状態を保ち続けることのほうが、設計上は優先される条件になります。この順序を取り違えると、目的と手段が入れ替わってしまいます。
この記事では、評価の医学的な中身には立ち入りません。ここで押さえておきたいのは、記録が匿名化を前提に活用されるという、設計側の条件です。
レセプト等との連結と第三者提供
記録は、レセプトの情報などと結び付けて分析し、第三者へ提供する仕組みが整備される方向にもあります12。評価のための活用にとどまらず、別の基盤とつながる経路が、あわせて用意されています。
連結や第三者提供という言葉が出てくると、まず気になるのは、個人が特定されないかという点です。資料が前提としているのは匿名化された状態での連結であり12、この前提を崩さない設計が、この領域に関わるエンジニアに求められます。
図4は、匿名化された記録が、評価という経路と、連結・第三者提供という経路の2つに分かれて活用される構図を示しています。構成がここで完成するわけではなく、次の章で扱うとおり、この先も調整が続く前提があります。
出典:厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」(2025年11月)をもとに作成
2つの活用経路を比べると
匿名化された記録には、大きく分けて2つの活用経路があります。次の表は、評価のための活用と、連結・第三者提供のための活用を、目的・データの扱い・エンジニアが把握したい点という3つの観点で整理したものです。評価のための活用は、有効性・安全性を確かめる目的です11。連結・第三者提供のための活用は、レセプト等の情報と結び付ける目的です12。
| 観点 | 有効性・安全性の評価 | レセプト等との連結分析・第三者提供 |
|---|---|---|
| 目的 | ワクチンの有効性・安全性を評価するために有用です11 | レセプト情報等との連結分析・第三者提供の仕組みを整備する方向です12 |
| データの扱い | 匿名化した状態で扱う前提です | 別の基盤とつなげて扱う前提です12 |
| エンジニアが把握したい点 | 目的外の特定ができない設計を保つ観点です | 連結や提供の経路をたどれる設計にする観点です |
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7. 構成が変わり得ることを前提にした作り方
構成は今後の調整で変わり得る
資料そのものが、システムの構成は今後の調整で変わる可能性があると明記しています13。決め打ちで作り込んでしまうと、この変更に追従できなくなるという、注意しておきたい点です。
変わらないことを前提にした設計よりも、変わることを前提にした設計のほうが、この領域では長く使えます13。どこをインターフェースの境界として引くかが、そのまま変更への強さを分けます。
構成が変わり得るという前提は、要件定義の段階から関わる立場にとって、見積もりの難しさでもあります。ここをどう扱えるかで、参画先からの信頼のされ方も変わってきます。
個人番号カードが前提になっている
対象者を確認する仕組みは、個人番号カードを前提に整備される方向です7。本人確認の入口が、これまでとは違う手段に置き換わるという変更です。
個人番号カードが前提になることで、記録の管理を効率化する狙いが示されています7。本人確認の仕組みが変わる以上、記録の登録や照会のフローも、あわせて見直す対象になります。
記録と請求が同じ器に載ること、保存期間が延びる方向にあること、匿名化して連結される前提があること、そして構成そのものが変わり得ること——ここまで見てきた変更は、どれも設計の前提を書き換える出来事です。この領域の案件に外から関わるなら、決め打ちを避け、変更を前提にした設計を組み立てられるかどうかが、次の一歩を分けます。
このような案件に関わるには、どんな経験が活きますか
システムの再編や移行、そしてデータの保存設計に携わった経験が土台になります。加えて、資料そのものが変わり得るという前提を読み解き、仕様の変更に強い設計へ落とし込む力が問われます13。過去の実績を「作りました」で終わらせず、どんな変更を見込んで設計したかという言葉に言い換えられると、経験の伝わり方が変わります。
自治体の職員としてではなく、外から関わる立場でも対応できますか
対応できます。この記事で扱った変更は、外から開発・移行に関わる立場を前提にしています。予診情報・予防接種記録・請求支払システムという、記録と請求を同じ器に載せる構成5や、匿名化して連結する前提12を理解したうえで、設計や移行の一部を担う関わり方が中心になります。
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出典・参考情報
*1 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」法改正の位置づけ(2025年11月)
*2 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」紙での保存(2025年11月)
*3 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」二重の運用(2025年11月)
*4 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」自動化される範囲(2025年11月)
*5 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」対象システム(2025年11月)
*6 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」長期保存(2025年11月)
*7 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」確認の起点(2025年11月)
*8 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」保存期間の変更(2025年11月)
*9 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」記録を持つ理由(2025年11月)
*10 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」参照する側(2025年11月)
*11 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」二次利用の目的(2025年11月)
*12 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」連結と提供(2025年11月)
*13 厚生労働省「予防接種事務デジタル化に係る検討状況と今後の方針」変更の前提(2025年11月)